W / L を増やすと容量が支配的になる理由(実務視点)

${ g_m }$ とデバイス寸法の関係

強反転・長チャネル・平方則モデルを仮定すると,MOSFET のトランスコンダクタンスは

\[g_m = \sqrt{ 2 \mu C_{\mathrm{ox}} \frac{ W }{ L } I_D }\]

で与えられる。

この式はモデルの仮定下では 等式であり,設計初期の見積りに広く用いられる。

一方,ゲート関連の寄生容量はデバイス寸法に比例し,

\[C_{gs} \propto W L\] \[C_{gd} \propto W L\]

と近似できる。


${ W / L }$ を増やしたときの実際の変化

バイアス電流 ${ I_D }$ を一定に保ったまま ${ W / L }$ を増やすと,

という 非対称なスケーリングが起こる。

実務的には,

「 ${ g_m }$ はそこそこ増えるが,容量は確実に増える」

と覚えるのが安全である。


極の位置と帯域への影響

出力ノードの等価抵抗を ${ r_o }$,容量を ${ C }$ とすると, このノードの極は

\[f_p = \frac{ 1 }{ 2 \pi r_o C }\]

で与えられる。

したがって ${ W }$ を大きくして ${ C }$ が増加すると,

\[C \uparrow \Rightarrow f_p \downarrow\]

となり,極は低周波側へ移動する。

実務ではこの結果として,

という現象が観測される。


設計判断としてのポイント


ミラー補償と等価容量(設計で何が起きているか)

ミラー効果の本質

入力ノードと出力ノードの間に容量 ${ C_{gd} }$ が存在し, その両端の電圧利得を ${ A_v }$ とすると, 入力側から見た等価容量は

\[C_{\mathrm{eq}} = C_{gd} ( 1 - A_v )\]

で与えられる。

共通ソース増幅段では ${ A_v < 0 }$ であるため,

\[C_{\mathrm{eq}} \approx C_{gd} ( 1 + | A_v | )\]

となり,容量が大きく「見える」。


ミラー補償容量 ${ C_c }$ の役割

2 段オペアンプでは, 第 1 段出力と第 2 段出力の間に補償容量 ${ C_c }$ を入れることが多い。

このとき第 1 段出力ノードから見た等価容量は

\[C_{\mathrm{eq}} \approx C_c ( 1 + A_2 )\]

となる(${ A_2 }$ は第 2 段利得)。

実務的には,

「 ${ C_c }$ は ${ 1 + A_2 }$ 倍に増幅されて第 1 段にぶら下がる」

と理解する。


支配極を「作る」という考え方

第 1 段出力ノードの等価抵抗を ${ r_{o1} }$ とすると, ここに形成される極は

\[f_{p1} = \frac{ 1 }{ 2 \pi r_{o1} C_{\mathrm{eq}} }\]

である。

ミラー補償ではこの極を 意図的に低周波側へ配置し,

ことを目的とする。


ゲイン帯域と GBW(設計で使う指標)

ゲイン帯域の意味

単一極近似が成り立つ増幅器では, 開ループ伝達関数は

\[A ( j \omega ) = \frac{ A_0 }{ 1 + j \frac{ \omega }{ \omega_p } }\]

と表される。

このとき,

する。

ゲイン帯域とは, 「ある利得を維持できる周波数範囲」を指す実務的な言葉である。


ユニティゲイン周波数と GBW

ユニティゲイン周波数 ${ \omega_u }$ は,

\[| A ( j \omega_u ) | = 1\]

を満たす角周波数である。

単一極近似の下では,

\[\omega_u \approx A_0 \omega_p\]

が成り立ち,周波数表示では

\[f_u \approx A_0 f_p\]

となる。

この ${ f_u }$ を GBW( Gain Bandwidth Product )と呼ぶ。


${ g_m }$ と GBW の関係

共通ソース段では,

\[A_0 \approx g_m r_o\] \[f_p \approx \frac{ 1 }{ 2 \pi r_o C }\]

であるため,

\[GBW = A_0 f_p \approx \frac{ g_m }{ 2 \pi C }\]

となる。


実務的な解釈

この式が意味するのは,

という事実である。

そのため設計では,

「どの段の ${ g_m }$ で,どの容量を駆動しているか」

を常に意識する必要がある。


LTspice での確認ポイント


まとめ(設計者視点)

これらを数式・回路・シミュレーションの三点で結びつけることが, 実務的なアナログ回路設計の基本である。

位相余裕と安定性(実務設計で最も重要な指標)

位相余裕とは何か

負帰還増幅器では,開ループ利得が 1 になる周波数での位相遅れが 安定性を決定する。

ユニティゲイン周波数 ${ \omega_u }$ における位相を ${ \angle A ( j \omega_u ) }$ とすると, 位相余裕(phase margin)は

\[\mathrm{PM} = 180^\circ + \angle A ( j \omega_u )\]

で定義される。


位相余裕の実務的な目安

一般的なアナログ回路設計では,

とされる。

位相余裕は「安全率」であり, 性能を攻めるほど小さくなりがちである。


なぜ位相が遅れるのか(極の重なり)

単一極の場合

単一極のみを持つ系では, 位相遅れは高周波で最大でも

\[-90^\circ\]

である。

このため, ユニティゲイン点での位相余裕は十分に確保される。


多極の場合

極が 2 個以上存在すると,

の位相遅れが生じ得る。

ユニティゲイン周波数付近で 複数の極が効いていると, 位相余裕は急激に悪化する。


ミラー補償で現れる零点

ミラー補償の副作用

ミラー補償容量 ${ C_c }$ は, 支配極を作る一方で, 新たな零点を発生させる。

その零点の角周波数は近似的に

\[\omega_z \approx \frac{ g_{m2} }{ C_c }\]

で与えられる。

ここで ${ g_{m2} }$ は第 2 段のトランスコンダクタンスである。

零点周波数では、増幅段が作る電流をそのまま補償容量でフィードバックして、次の段への電流が0になる。


零点の影響

この零点が右半平面零点(RHP zero)となる場合,

という,安定性にとって不利な特性を持つ。

その結果,

が起こりやすくなる。


実務での対処法

実務では次のような対策を取る。

設計とは, 極と零点の配置を制御する作業 である。


実務的な設計フロー(2 段オペアンプ)

手順 1:GBW を決める

まず目標とする GBW を仕様から決める。

\[GBW_{\mathrm{target}}\]

手順 2:補償容量 ${ C_c }$ を仮決めする

プロセスや面積制約を考慮し, 実装可能な ${ C_c }$ を仮定する。


手順 3:必要な ${ g_{m1} }$ を計算する

支配極を駆動する段の ${ g_{m1} }$ は,

\[g_{m1} \approx 2 \pi C_c \, GBW_{\mathrm{target}}\]

から求める。


手順 4:バイアス電流を決める

平方則モデルを仮定すると,

\[  g_{m1}=\sqrt{2 \mu C_{\mathrm{ox}} \frac{ W }{ L } I_D }\]

より, 必要な ${ I_D }$ と ${ W / L }$ の組を決定する。


手順 5:AC 解析で検証する

LTspice にて .ac 解析を行い,

を確認する。

設計値とずれる場合は,

を再調整する。


LTspice での実務的チェックリスト


まとめ(安定性設計の本質)

安定なオペアンプは, 偶然ではなく 意図して作られる

これが実務における アナログ回路設計の核心である。

数値例:GBW = 10 MHz を設計する(ミラー補償 2 段オペアンプ)

前提(設計の置き方)

目標 GBW を次のように置く。

\[GBW_{\mathrm{target}} = 10 \times 10^6 \ \mathrm{Hz}\]

ミラー補償容量は実装可能性とノイズ耐性のバランスで仮決めする。 ここでは

\[C_c = 2 \ \mathrm{pF}\]

とする。


手順 1:必要な ${ g_{m1} }$ を計算する

ミラー補償の単一極近似が成り立つ範囲では

\[GBW \approx \frac{ g_{m1} }{ 2 \pi C_c }\]

より,必要な ${ g_{m1} }$ は

\[g_{m1} \approx 2 \pi C_c \, GBW_{\mathrm{target}}\]

数値を代入すると

\[g_{m1} \approx 2 \pi \cdot 2 \times 10^{-12} \cdot 10 \times 10^{6} \ \mathrm{S}\]

よって

\[g_{m1} \approx 1.26 \times 10^{-4} \ \mathrm{S}\]

すなわち

\[g_{m1} \approx 0.126 \ \mathrm{mS}\]

が目標となる。


手順 2:${ I_D }$ と ${ V_{\mathrm{ov}} }$ の設計(実務的)

平方則モデルの関係

\[g_m = \frac{ 2 I_D }{ V_{\mathrm{ov}} }\]

を用いると,${ V_{\mathrm{ov}} }$ を仮定することで電流が決まる。

低消費電力寄りに

\[V_{\mathrm{ov}} = 0.2 \ \mathrm{V}\]

と置くと,

\[I_D = \frac{ g_m V_{\mathrm{ov}} }{ 2 }\]

なので

\[I_D \approx \frac{ 1.26 \times 10^{-4} \cdot 0.2 }{ 2 } \ \mathrm{A}\]

よって

\[I_D \approx 1.26 \times 10^{-5} \ \mathrm{A}\]

すなわち

\[I_D \approx 12.6 \ \mathrm{\mu A}\]

となる。

この時点で設計メモとしては, 「第 1 段の ${ g_{m1} }$ を約 ${ 0.126 \ \mathrm{mS} }$ にするには,第 1 段の枝電流は約 ${ 12.6 \ \mathrm{\mu A} }$」 と言える。


手順 3:LTspice での検証手順(実務)

  1. .op で第 1 段入力トランジスタの ${ g_m }$ を確認し,目標に合わせる
  2. .ac で開ループ利得を測定し,ユニティゲイン点が ${ 10 \ \mathrm{MHz} }$ 近辺か確認
  3. ユニティゲイン点で位相余裕が十分かを確認
  4. .tran でステップ応答を見てリンギングを確認

出力段とスルーレート(SR)の関係

スルーレートの基本式

補償容量 ${ C_c }$ が支配的なとき, 大信号では第 1 段が供給できる電流 ${ I_{\mathrm{chg}} }$ により 補償容量の充放電速度が制限される。

容量電流の関係

\[I = C \frac{ dV }{ dt }\]

より,スルーレートは

\[SR \approx \frac{ I_{\mathrm{chg}} }{ C_c }\]

となる。


数値例(上の設計値から)

第 1 段が補償容量へ供給できる電流が, おおむね枝電流と同程度だとすると

\[I_{\mathrm{chg}} \approx 12.6 \ \mathrm{\mu A}\]

なので

\[SR \approx \frac{ 12.6 \times 10^{-6} }{ 2 \times 10^{-12} } \ \mathrm{V/s}\]

よって

\[SR \approx 6.3 \times 10^{6} \ \mathrm{V/s}\]

すなわち

\[SR \approx 6.3 \ \mathrm{V/\mu s}\]

となる。

実務的には, GBW を上げるために ${ g_m }$ を上げる設計は, 多くの場合 ${ I_{\mathrm{chg}} }$ も増えるため SR も改善しやすいが, ${ C_c }$ を増やして安定化した場合は SR が低下しやすい, というトレードオフがある。


出力段との関係(実務ポイント)

出力段は主に

を決める。

大きな ${ C_L }$ を高速に駆動するには, 出力段の供給電流 ${ I_{\mathrm{out}} }$ が支配的になり, 出力の立ち上がりは近似的に

\[\frac{ dV_{\mathrm{out}} }{ dt } \approx \frac{ I_{\mathrm{out}} }{ C_L }\]

で制限される。

つまり,

の 2 種類を区別して評価するのが実務的に重要である。


零点 ${ \omega_z \approx g_m / C }$ の導出(直感と小信号)

近似モデル

第 2 段をトランスコンダクタ ${ g_{m2} }$ とみなし, 補償容量 ${ C_c }$ に流れ込む電流を考える。

補償容量に流れる電流は

\[i_c = C_c \frac{ d v }{ dt }\]

である。

一方,第 2 段が生み出す電流は

\[i_2 = g_{m2} v\]

と表せる(ここで ${ v }$ は第 2 段の入力側の小信号電圧とする)。

周波数領域では

\[i_c = j \omega C_c v\]

となるので,両者の大きさが等しくなる境界条件

\[| j \omega C_c v | = | g_{m2} v |\]

より ${ v }$ が消えて

\[\omega = \frac{ g_{m2} }{ C_c }\]

を得る。

したがって零点の角周波数は

\[\omega_z \approx \frac{ g_{m2} }{ C_c }\]

となる。

RHP零点を直列抵抗によりLHP零点に移動できる原理


実務的な意味

この式は,

移動することを示す。

零点がユニティゲイン周波数付近に来ると, ボード線図の傾きや位相に影響し, 位相余裕の劣化やピーキングの原因となる。


なぜ実シリコンでズレるか(設計値と現実の差)

1:モデル仮定の破綻

平方則モデルは長チャネル近似であり, 実プロセスでは

により ${ g_m }$ のスケーリングが崩れる。

その結果, 計算で求めた ${ I_D }$ と ${ g_m }$ の関係がずれる。


2:寄生容量の増加と分布

設計で仮定した ${ C_c }$ 以外にも,

が加算される。

このため実効容量 ${ C_{\mathrm{eff}} }$ は

\[C_{\mathrm{eff}} = C_c + C_{\mathrm{par}}\]

となり,GBW や零点位置が低下しやすい。


3:有限利得段による多極化

第 1 段,第 2 段,出力段の各ノードに極があり, 支配極以外の極が予想より低周波に来ると, 位相余裕が悪化する。

実務では 「第 2 極がユニティゲイン周波数の 3 倍以上」 を目標にすることが多い。


4:プロセスばらつきと温度依存

により, ${ g_m }$ ,GBW,SR,位相余裕が変動する。

そのため実務では, PVT( Process,Voltage,Temperature )での角ケース検証を行う。


まとめ(数値例から得られる設計感覚)

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