ミラー補償で「逆向きに流れる」と感じる理由
― なぜ直列抵抗 Rz があると性格が変わるのか ―
概要
2段CMOSオペアンプのミラー補償を学ぶと、必ず出てくる疑問がある。
入力が先に変わるのに、
なぜ Cc の電流は「逆向き」に効くのか?
なぜ Cc に直列抵抗 Rz を入れるだけで、
RHP零点が LHP零点になるのか?
本記事では、この疑問を
電流の向きではなく「因果関係」と「主導権」の観点から整理する。
1. 結論を先に
重要な結論はこれである。
抵抗なしのミラー補償では、
出力は「前に進もうとしてから戻される」のではなく、
最初から前に進む自由を与えられていない。
つまり問題は
- 電流が逆向きに流れるかどうか
ではなく
- 出力が支配されているかどうか
である。
2. 回路と前提
対象は以下の構成である。
- 第2段:NMOS 共通ソース増幅器
- 出力ノード:out
- 補償容量:Cc(n1–out 間)
- 負荷容量:CL(out–GND)
- オプション:Cc 直列抵抗 Rz
3. よくある直感(半分正しい)
多くの人はこう考える。
入力 n1 が先に上がる
→ Cc の電流は n1 → out に流れる
→ 出力を助けるはず
これは 電流の向きだけ見れば正しい。
しかし、実際の問題は
「その電流が出力ノードで何をしているか」
にある。
4. 時間順で見る(抵抗なし)
t = 0⁺(無限に小さい時間)
- 入力 n1 が上昇する
- 出力 out は CL のため まだ動けない
- Cc は「差を消せ」と即座に反応する
Cc の目的はただ一つ:
n1 と out の電圧差を今すぐゼロにする
このとき重要なのは:
- out が「高い」から戻されるのではない
- out が動けない(慣性がある)から拘束される
5. 出力ノードで起きていること(KCL視点)
出力ノードには同時に2つの作用がある。
(1) gm2 の電流
- 入力電圧を電流に変換
- 出力を「動かそう」とする
- 有限の強さ(gm2)
(2) Cc の電流
- 電圧差の時間変化に反応
- 「差を作るな」という拘束
- 微分なので即効性がある
この 即効性のある拘束が gm2 より先に効く。
結果として:
gm2 が作った電流は
出力電圧を変える仕事をせず、
Cc 経由で入力側に逃げたように見える。
これが
「逆向きに流れたように見える」正体である。
6. 重要な修正点(誤解の否定)
❌ 間違った理解
- 出力が一度前に進んでから戻される
- 電圧が高いから押し返される
✅ 正しい理解
- 最初から前に進めていない
- 出力は拘束条件に縛られている
RHP零点とは
「逆初動」ではなく
「前進できない因果構造」である。
7. 直列抵抗 Rz を入れると何が変わるか
Rz を入れると、Cc 電流は:
- 即座に出力を拘束できない
- まず入力側に電圧変化を作る
- gm2 が主導権を持つ
つまり:
- 出力は gm2 によって先に動く
- Cc は「後から整える役」に回る
この結果、零点は LHP側に現れる。
8. なぜ Rz ≈ 1/gm2 が境界なのか
高周波では Cc はほぼ短絡とみなせる。
このとき出力ノードでは:
- gm2 の強さ:gm2
- Cc+Rz 経路の強さ:1/Rz
比較すると:
- Rz ≪ 1/gm2
→ Cc拘束が勝つ → RHP零点
- Rz ≈ 1/gm2
→ 拘束が打ち消される → 零点消失
- Rz ≫ 1/gm2
→ gm2 が勝つ → LHP零点
符号が変わるのではない。
主導権が入れ替わるだけである。
9. なぜ零極相殺が危険なのか(位相余裕)
RHP零点は:
仮に極で振幅を相殺しても:
- 位相遅れは残る
- プロセスばらつきで位置は必ずズレる
結果:
振幅はきれいでも
位相余裕だけが確実に悪化する
これが
「零極相殺は危険」と言われる理由である。
10. まとめ(最重要)
- 抵抗なしの Cc は
前向き経路ではなく拘束条件
- RHP零点とは
出力が前進できない因果構造
- Rz は
拘束の即効性を壊すための部品
- 境界は
Rz ≈ 1/gm2
- 符号が変わるのではなく
支配する経路が変わる
おわりに
ここまで理解できていれば、
はすべて 一つの因果関係として説明できる。
これは
アナログ回路設計者の思考そのものである。