バンドギャップリファレンス回路・定電圧源・定電流源(アナログ回路設計メモ)
目的:IC内部で「温度や電源変動に強い基準」を作るための考え方を、回路の形(トポロジ)と設計観点(誤差要因)から整理する。
注:数式や係数は一般的な近似に基づく説明で、プロセスや温度範囲で係数が変わる前提です。
0. なぜ“基準”が必要か
アナログICでは、増幅器・ADC/DAC・LDO・PLL・センサIFなど、ほぼ全てが「何かの基準」に依存します。
- 基準電圧:ADCのフルスケール、LDOの出力設定、コンパレータ閾値など
- 基準電流:バイアス電流、gm設定、発振器の充放電電流、電流ミラーの“元”
- 要求特性:
- 電源変動に強い(PSRR)
- 温度変動に強い(TC = Temperature Coefficient)
- 製造ばらつきに強い(トリム可能/設計で吸収)
- ノイズが低い、起動が確実、消費電力が小さい
“定電圧源/定電流源”は、この基準の作り方・配り方の総称、と捉えると整理しやすいです。
1. 定電圧源(Voltage Reference)の基本
1.1 代表的な選択肢
- ツェナー/アバランシェ系(高電圧向け)
数V以上の電源がある場合に使いやすいことがありますが、CMOS低電圧では使いにくいことが多いです。
- V_BE基準(BJT)
V_BEは温度で下がる(CTAT)ので、そのままだと温度依存が強め。
- バンドギャップ(Bandgap)
CTAT(V_BE)とPTAT(ΔV_BE)を加算して温度係数を相殺して、約1.2V近辺の基準を作るのが典型です。
- サブバンドギャップ(Sub-1V Reference)
1V以下の基準が欲しい場合、BGRを“スケール”したり、抵抗分圧・電流モード・曲率補償など工夫します。
1.2 “定電圧”の意味は「理想電源」ではない
実際は、次の揺らぎが必ずあります。
- ラインレギュレーション(電源変化でVrefが動く)
- ロードレギュレーション(負荷電流でVrefが動く)
- 温度係数(TC)
- ノイズ(広帯域 + 1/f)
- 起動/メタステーブル(特にBGRは“ゼロ電流解”があり得る)
2. 定電流源(Current Reference / Current Source)の基本
2.1 定電流源を作る王道:抵抗に“定電圧”をかける
最も直感的には
- Iref = Vref / R
です。Vrefが温度/電源で安定なら、Irefも安定になります。
ただし実際はRが温度係数(TCR)を持つため、
- VrefのTC
- 抵抗のTCR
- オペアンプ/ミラーの誤差
が合成されます。
2.2 MOSだけで作る定電流(ただし温度依存は出やすい)
- 例:MOSのVgsや閾値Vthを使って電流を決める
→ Vthやμ(移動度)が温度で動くので、TCが大きくなりやすい傾向があります。
“消費電力/面積/電圧ヘッドルーム”優先で選ばれることはあります。
2.3 電流ミラーは“配る道具”
Irefを作ったら、電流ミラーで各ブロックへ配ります。ここで重要なのは:
- 出力抵抗 ro(チャネル長変調):電圧依存で電流が変わる
- ミスマッチ:W/Lのばらつき、レイアウト起因
- カスコード:ro改善(ただしヘッドルーム消費)
- ミラーのPSRR:電源リップルが電流に乗る
3. バンドギャップリファレンス(BGR)の中身
3.1.1 PTAT回路
\[I_0 = I_s exp(\frac{qV_X}{kT})\]
\[I_0 = NI_s exp(\frac{qV_Y}{kT})\]
\[I_0 = \frac{V_X-V_Y}{R}\]
を解いて、
\[I_0 = \frac{kT}{qR}log(N)\]
(参考: Razavi 応用編)
3.1.2 コア原理:CTAT + PTAT = ほぼ温度フラット
BJT(寄生PNPなどを含む)を使う典型BGRでは:
- V_BE(T):温度が上がると下がる(CTAT, negative TC)
- ΔV_BE(T):異なる電流密度のBJTのV_BE差
[
\Delta V_{BE} = \frac{kT}{q}\ln(N)
]
これは温度に比例(PTAT)
よって、抵抗比でスケールして
[
V_{REF} = V_{BE} + \alpha \Delta V_{BE}
]
とし、一次温度係数が最小になるように α(抵抗比)を選ぶのが基本です。
典型的に、室温近辺でうまく合わせると Vref ≈ 1.2V 近辺になります(シリコンのバンドギャップ由来の“偶然の一致”に近い背景があります)。
3.2 典型トポロジ(ざっくり)
よくある“抵抗2本+BJT2個”型は、以下の考え方です:
- BJT A と B に 電流密度比 N を作る(面積比 or 電流比)
- その差のΔV_BEを抵抗に載せて PTAT電流を作る
[
I_{PTAT} = \frac{\Delta V_{BE}}{R}
]
- PTAT電流を別の抵抗に流して PTAT電圧に変換し、V_BEに足す
[
V_{REF} = V_{BE} + I_{PTAT}\cdot R_2
= V_{BE} + \frac{R_2}{R_1}\Delta V_{BE}
]
- これを成立させるために アンプ(誤差増幅器)でループを組む
“アンプ+BJT+抵抗”で閉ループを作るので、BGRは実質「小さなアナログ制御系」です。
3.3 起動回路(スタートアップ)が必須になりがち
BGRのループ方程式は、ゼロ電流でも成り立つ(全素子がOFF)場合があり、
- 電源投入後に“何も起きず”ゼロ電流解に張り付く
ことが起き得ます。
そこで起動回路を入れて、
- 電源投入直後だけ少し電流を注入して動作点へ押し上げる
- 定常時は悪影響(オフセット、ノイズ、消費電力)を最小化
を狙います。
3.4 誤差要因(設計で効いてくるところ)
BGRを“式どおり”作っても、実際のVrefは以下で動きます。
(A) 抵抗比誤差(最重要級)
- 絶対値よりも 比(R2/R1)が効く
- レイアウトでのマッチングが大事(共通中心、ダミー、対称配線)
(B) BJTの理想式からのズレ
- エミッタ抵抗、ベース電流、有限β、寄生抵抗
- ΔV_BEの“ログ直線性”が完全でない可能性
(C) アンプのオフセット
- ループが「ΔV_BEを作る」こと自体をアンプで支えるため、オフセットが直接Vrefに乗りやすい
- 低オフセット設計や、トリムで吸収することが多い
(D) 曲率(2次温度特性)
一次のTCは相殺しても、V_BE自体の非線形成分で温度カーブが残ります。
必要に応じて
- “曲率補償”を入れる
- 温度範囲を割り切る
- デジタルトリムで補正する
などを検討します。
(E) ノイズ
- 抵抗の熱雑音(4kTRB)
- アンプの入力換算雑音(1/f含む)
- 参照点をどこでフィルタするか(C追加、帯域制限)
※ただし立ち上がり時間とトレードオフ
4. 定電圧源としてBGRを使うときの実務ポイント
4.1 “1.2V”をそのまま使えないケース
低電圧(例:1.0V動作)だと、1.2V基準はそのまま出せません。
- BGRコアは電流基準として動かし、出力は分圧・スケールしてサブ1Vへ
- “サブバンドギャップ”アーキテクチャを使う
などの選択になります(ここは要求仕様で最適解が変わりやすいです)。
4.2 PSRRの取り方
BGRコアだけでPSRRを稼ぐのは難しいことが多く、
- バイアスの作り方
- アンプ電源のリップル感度
- 出力バッファ(フォロワ/OTA)
で大きく変わります。
5. 定電流源の設計ポイント(BGRとセットで考える)
5.1 Iref = Vref / R の落とし穴
- Vrefが温度フラットでも、Rが温度で増える/減る
→ IrefのTCは -TCR 成分を持つ
- よって「電流を温度フラット」にしたいなら、
- 低TCR抵抗を使う
- 抵抗の組み合わせでTCRを相殺する
- あえてVref側にTCを残してIのTCをゼロにする
など、設計方針が分かれます(どれが正しいかは仕様次第です)。
5.2 電流ミラー配線・レイアウト
- ミラーのゲート配線抵抗、IRドロップ、温度勾配でミスマッチが出ます
- 大電流を配るなら“配電設計”そのものが重要になります
6. 最小の設計フロー(思考の順番)
- 仕様を固定
- Vref値、温度範囲、許容TC、電源範囲、消費電力、ノイズ、起動時間、面積
- アーキテクチャ選択
- BGRか、サブBGRか、単純Vgs/Rか、外付け基準か
- 誤差予算(エラーバジェット)
- 抵抗比、アンプオフセット、BJT非理想、ミスマッチ、トリム分
- 回路設計
- レイアウト戦略
- マッチング、ガードリング、共通中心、配線対称、熱勾配対策
- シミュレーション
- PVT + Monte Carlo + 温度掃引 + 起動(コールド/ホット)
- PSRR/ノイズ/ライン・ロード変動
- トリム設計(必要なら)
7. 参考:用語ミニ辞典
- PTAT:Proportional To Absolute Temperature(温度に比例)
- CTAT:Complementary To Absolute Temperature(温度に反比例的/負の温度係数)
- TC:Temperature Coefficient(ppm/°Cなど)
- PSRR:Power Supply Rejection Ratio(電源変動除去)
- Line/Load regulation:電源/負荷変動での出力変化
- Curvature:一次補償後に残る2次温度特性
8. 次に深掘りすると良い論点(設計者視点)
- BGRアンプの入力共通モード範囲(低電圧で詰むポイントになりやすい)
- BJTの取り方(縦型/横型/寄生PNP)とβ、ベース電流補償
- 2次曲率補償の方法(温度範囲と手間の最適点)
- “電流基準”を先に作るか、“電圧基準”を先に作るか(配りやすさが変わる)
- ノイズとフィルタ容量のトレードオフ(起動時間・安定性も絡む)
付録A:超ざっくり設計の勘所(一次TCの合わせ方のイメージ)
一次的には、
- V_BEの温度係数(負)と
- (R2/R1)·ΔV_BEの温度係数(正)
を足してゼロに近づけます。
ただし現実には
- 抵抗比誤差
- アンプオフセット
- BJTの非理想
- 曲率
が効くので、設計では「理想式で合わせたあと、どの誤差がどれだけ動かすか」を積み上げていくことが多いです。